藤田直人 社長 Q&A
Q創業藤田家のルーツは?
現在の埼玉、昔で言う武蔵国のようです。
武蔵国榛沢郡藤田郷(埼玉県大里郡寄居町)をルーツとする武蔵七党の猪俣党で、源平の合戦の際に藤田行康は源氏に従い、一の谷合戦へ。
室町時代は、足利氏、山内上杉氏を経て北条氏に従って花園城(埼玉県寄居町)を本拠としたようです。
以後、上杉家に仕えた流れで高田に来たのではないかと思います。
Q就職時にはどんな選択をしましたか?
地元の中学・高校を卒業後、なんの因果か埼玉の本庄高等看護学校(専門)看護科で看護師目指しました。
男子校に通った反動でしょうか?女子の多い看護学校を目指すことになりました。
振り返れば、自宅がバイパス沿いで、交通事故がよくありましたので、事故をリアルに目撃することが多かったですね。
瀕死の方々を目にする記憶に焼きつく中、自分の未来を考えた時、医療の道を目指していて人助けをすることが自分の生きる道ではないか?
と思っての選択でした。
Q会社を後継するために帰郷し、どんな苦労がありましたか?
卒業後、埼玉県内病院に約3年勤務。23歳の時、父親の体調不良があり、家業(旧社名:株式会社藤翔)の後継者候補として、上越へ帰郷。
製造現場の勤務に就く。
看護師から製造現場というまったくの畑違いの現場は、労働環境・仕事 内容・人間関係などカルチャーショックの連発でした。
何の経験もなく、跡継ぎということだけで、誰よりも過酷な作業を担当せざるを得ない状況に追い込まれることも普通にありました。
現在と違って、労働環境も厳しかったため、様々な厳しい経験をこなす中で、チームプレーというか組織のあり方を意識するようになりました。
つまり、受発注〜人の手配と教育〜現場作業(組み立て→検査→梱包→出荷)〜請求〜入金などの一連の流れを理解するようになり、経営の奥深さと同時に面白味が生まれて来ました。
また、地元の青年会議所に入会し、大きなまちづくり事業に没頭し、そちらでも以後の学びに繋がる体験を積み上げ、2001年に代表取締役就任しました。
その後、父親が亡くなり、会長の母親が脳梗塞を患ったりと、トップとしての立場とともに様々な試練が訪れました。
Q人材ビジネスに参入した理由は?
製造企業として藤翔で、人材派遣を利用していましたが、供給がままならなくなり、自己資本で上越人材派遣センターを設立(2005年)しました。
スタート時は、厳しかったものの、スタッフの成長と時世の流れもあり、軌道に乗り始めました。
Qこれまで一番苦しかったことは?
2008年にリーマンショックに見舞われました。発生直後は売上が80%ものダウンとなり経営そのものが立ち行かないほどの危機に見舞われました。
本意ではなかったのですが、たくさんのスタッフさんにご退職いただくことになりました。
当時、我々にできることは、なんとかして会社を残すこと、退職される方 お一人おひとりに丁寧に説明させていただきご理解してもらうことぐらいでした。
私もこの時期がこれまでの人生で最も苦しく悲しい時間でした。
とはいえ、従業員との関係、マスコミからの心ないバッシング、金融機関との複雑なやりとりなど、この大打撃の影響は約10年間続きました。
おかげ様で、契約先やスタッフ並びに協力者の皆様のおかげもあり、最近やっと10年前のレベルに復帰できたような状況です。
Qこれからの方針は?
2017年 私が代表であった製造の藤翔、人材サービスの上越人材派遣センターの2社を合併。
両社に備わった様々な力を融合させ、相乗効果を発揮したいと思っています。
私たちの掲げる理念は、「しあわせをつくる」ことであり、これに紐づくビジネスを展開しています。
地域における暮らしを考えたならば、まずは稼ぎです。
しかし、たんに稼ぐための仕事では、心がついてこない。
なんとかして、やりがい、生きがい に繋がる働き方はできないものか?常に研究し、カタチにしようとしています。
そういった流れの中で、正社員雇用促進宣言と転職エージェント宣言の二つの宣言が生まれました。
仕事探しを通じて、就活、転職、そして天職へ。それぞれのライフスタイルにあった働き方を選択できるサービスが必要です。
たんなる橋渡しではなく、仕事を探す側と募集する側が、適正や条件の擦り合わせ以上にやりがい、生きがいにまで繋がる領域も踏まえて誘導するプロの仕事が、私たちの目指すスタイルです。人の暮らしがより豊かであるように、地域で新しい時代の“しあわせづくりモデル”をつくっていこうと思います。
Q藤田社長の天職とは?
情がある人材サービス会社が我々。経営陣・スタッフにしろ、地元出身者ばかりですので、情が深いというか、なんとかして最良の転職先まさに今のこの仕事であり、「しあわせづくり」のビジネスを展開することですね。
Q募集で検討してくれる方へ
現在、どんな方からの就職・転職相談でも対応できるような準備をしています。まずは軽い気持ちで相談に来て欲しいです。
そこから、新たな可能性が開かれると思います。受付スタッフも地元出身者ばかりですから、親身になって相談に乗ります。
Q社内スタッフへ
まずは、「人助け」をやっている意識をもって、相談者様・お客様に軸足を置いて仕事に臨めば、自分の期待以上の結果が手に入るでしょう。
私たちの取り組む仕事に自信を持って、「しあわせづくり」を進めていきましょう!
Q人生理念・ミッションとは?
新潟出身のひすいこたろうの著書に『人はある時期が来ると、自分の大切に思う全てのモノをなくす時期がくる』との一節がありました。
よって、“人生はモノを得るために生きるのではなく、一人でも多くの皆さんの笑顔をどれだけつくれるか?”ではないかと思います。
様々な経験を力に変え、残された数十年の人生を全力で突っ走ってみようと思います。
取材:HMSユナイテッド
企画部・広報担当